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ガーナにおける国民健康保険制度の政策過程

ガーナは2003年国民健康保険制度を導入した。この制度には財政面、運用面で多くの批判が存在するが、何故ガーナは他のアフリカ諸国に先立ちこのような医療制度を導入することができたのだろうか?ガーナの政治制度に着目して議論する。

July 24th, 2020

このポストは、大学院の出願にあたり作成したエッセイを基にして作成しています。

 本稿はガーナの国民健康保険制度(National Health Insurance Scheme、以下NHISと省略。)の政策過程と政治制度の関係について述べる。構成は以下の通りである。まず、NHISを簡単に説明する。次に、NHISの政策過程と政治制度の関係を論じた先行研究を紹介し課題を指摘する。これを踏まえ、政治制度が政策過程におけるアクターの戦略や行動を規定し、NHISはアクター間の相互作用の結果成立したものであることを示す。最後に本稿の課題を述べる。

 ガーナは80年代構造調整政策を採用し、過酷な個人負担を強いる医療制度を敷いた。これは後に社会、政治問題となり、2003年全ての国民を対象とするNHISが導入された。2013年時点で国民全体の38%が保険に加入しており(National Health Insurance Authority 2014: P.5,6)、アフリカ諸国の医療制度の中でも先進的事例と言われる。しかし、制度の財政、運用面の持続性に対しては多くの批判も存在する。では、なぜガーナはNHISを実現することができたのだろうか。政策過程、特にアジェンダ設定、政策形成、政策決定段階に着目して議論する。

 先行研究は、当時の政権が政策過程に強い影響力を持ったことを指摘する。この理由の一端はガーナの政治制度に求められる。Assensoha and Wahab (2008)は国家予算に関わる法案の着手を大統領以外認めない第4共和国憲法が政権主導の医療制度改革を可能としたと述べる。対して、Carbone(2011)は民政移管を契機とする競争的選挙を社会福祉政策の伸長の主要因として指摘する。彼らの主張は、公式な政治制度の力を限定的とする従来のアフリカ政治の議論に対して制度論的視座を提供する点で興味深い。しかし、政治制度と政策の帰結をやや安直な関係で捉えている点で課題が残る。そこで、NHISの政策過程を制度に影響を受けるアクターの相互作用の結果として再解釈する。

 ガーナは92年に民政移管を実現し複数政党制を導入した。競争的選挙は一般に国民、利益代表のメカニズムを強め、医療制度改革を政治的アジェンダとする一因となった。民政移管後初の政権交代が起きた2000年の選挙で医療制度は争点化した(Agyepong and Adjei 2007: P.153)が、この選挙は当時の野党による与党の失策の糾弾という側面が強く、具体的な公約はなされなかった(Ayee 2011: P.373)。そのため、政策案が本格的に検討されたのは選挙後のことだ。Agyepong and Adjei (2007: P.154, 155)によると、保健相は政策立案のためのタスクフォースの人事権を掌握し専門家や利益団体の意見を排除することで、国民健康保険法案を立案した。これは政策形成段階で政権が強い影響力を持っていたことを示している。この法案は緊急法案として議会に提出され、野党や利益団体に反対意見を組織する余裕を与えずに審議された。また、政権与党が先の選挙で過半数近い議席を確保していたことから、反対勢力が明確な拒否点を見出すことができないまま法案は可決された。ただし、議会も無力だったわけではない。Assensoha and Wahab(2008: P.303) によると、法案に対して44の修正が提案され実際に30の修正が行われたことをUSAIDは指摘している。また、Kusi-Ampofo et al(2015: P.214, 215)によると、保健相や財務相といった政策事業家は制度改革の必要性を国民に積極的に訴えると共に与党内で法案可決に向けて結束を促した。これにより、与党は法案の正当性を印象付け、違憲立法審査という野党や反対勢力にとっての最後の拒否権の利用機会を防いだと考えられる。以上から、選挙や政策タスクフォース、議会といった政治制度が各アクターの戦略を定義づけ、NHISはその相互作用の結果成立したと考えられる。これは政治制度とNHISを単線的な因果関係で捉えることはできないことを示している。

 最後に政策過程、政治制度の両文脈から本稿の課題を述べる。本稿は政策執行や政策評価は考察対象としておらず政策過程全体の分析としては不十分だ。また、政策過程の議論に主眼を置いたことで、ガーナの政治制度を十分に説明することができなかった。これらの点を克服することで、制度と政策過程の関係をより動態的に理解することが可能だろう。

コメント

近年のアフリカ政治の議論では、むしろ「競争的選挙は国民、利益代表のメカニズムを強めない」ことが指摘されている。90年代の民主化の後複数政党制が実現され競争的選挙が導入された一方で、大統領が強い権力を持ち、国民と国会議員、国会議員と政権中枢間のパトロン=クライアントネットワークは維持された。これにより、議員の立法権限、能力は著しく低いものとなり、選挙を政策的な選好がなされる場として考えることが不可能であるという指摘がされている。(Lindberg, Van de Waleなどがこれらの議論を行っている。)一方で、これらの議論は新家産制度が前提とするような、公式な政治制度の形骸化を意図しているわけではないことに留意が必要だ。むしろ、Publicな政治制度の中に、Privateなパトロン=クライアントネットワークが取り込まれつつあるという解釈を提示している。

以上の議論に従うならば、異なるリサーチクエスチョンが湧いてくる。つまり、複数政党制の導入や政権交代は必ずしも利益代表のメカニズムを強めなかったにも関わらず、なぜNHISが立法されたのかということだ。これを理解するための視点はいくつか存在すると思っているが、今回はここで筆を止める。

参考文献

  • Assensoh, Akwasi & Wahab, Hassan. (2008). A Historical-Cum-Political Overview of Ghana's National Health Insurance Law. African and Asian Studies. 7. 289-306. 10.1163/156921008X318754.
  • Carbone, G. (2011). Democratic demands and social policies: The politics of health reform in Ghana. The Journal of Modern African Studies, 49(3), 381-408. doi:10.1017/S0022278X11000255
  • Irene Akua Agyepong and Sam Adjei. (2008). Public social policy development and implementation: a case study of the Ghana National Health Insurance scheme. Health Policy and Planning. 23:2. 150–160. doi:10.1093/heapol/czn002
  • Joseph RA Ayee. (2011). Manifestos and elections in Ghana's Fourth Republic. South African Journal of International Affairs 18:3. 367-384. doi:10.1080/10220461.2011.622951
  • Kusi-Ampofo, Owuraku & Church, John & Conteh, Charles & Heinmiller, Tim. (2014). Resistance and Change: A Multiple Streams Approach to Understanding Health Policy Making in Ghana. Journal of health politics, policy and law. 40. doi:10.1215/03616878-2854711.
  • NATIONAL HEALTH INSURANCE AUTHORITY. (2012). 2013 ANNUAL REPORT. http://www.nhis.gov.gh/files/2013%20Annual%20Report-Final%20ver%2029.09.14.pdf.

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